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日々を奏でて三千里。

唄うたいしんいちのブログ。 気になるコトや頭にきたコト 喜びや悲しみやお茶漬けや秋ウコンまで。 音楽人としていかにあるべきかを 適当に綴った渾身の日記です。

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懐かしの。

僕は

「タッチ」を読んで

高校から野球を始めました。


うん、影響されやすいタイプね。





ほんで当時15歳の僕は

和也の死を

どんな風に受け止めるべきかを

真剣に悩んだことを鮮明に覚えています。





多感な時期ですから

何のために産まれ

何のために生きるのか

このテーマの答えを追い求めていました。

自殺願望が最高潮を迎えていたのもこの時期でした。


多くの人と同じように

どこで、どう死ねば

迷惑をかけず消えることができるのか

そりゃー本気で考えたものです。






時は流れ

失意とオルガニズムのジェットコースターは一時休止。

お嫁ちゃまがいない夜に

ポテトチップス食べながら

酒を飲んでいるわけですが。




今。

当時の僕が

コタツの向こう側に現れ

会話できるのであれば

何を話すだろう

とか考えてました。





あなた、どうします?

思春期の自分が目の前に現れ

大人になった、大人と認識される年齢になった現在の自分に

当時の不満や猜疑心

希望や恐れや欲望や甘えをぶつけられた時に




自分の人生をかけて

手渡せる言葉がありますか?




その言葉が絶対であるかどうかは置いといて

テクニックでなく

欺瞞でなく

適当でなく

かっこつけでなく

自己満足でなく

その場しのぎでない言葉を、


確実に時を経て

10数年生きてきた証として

何らかの形で伝えることができますか?






自分自身に一生懸命で

周りの人に迷惑ばかりかけ

それでもやはり思っているようにはなかなか事は運ばず

小さな世界の中でバタバタと暮らしている今の僕に

あの日の僕はがっかりするんじゃなかろうかと


「んなこたない!おりゃ立派にやってんぜ!」

と背筋伸ばしてみても

やはり波平のような大きさと強さは無く。









周囲のかっこいい人達を見て

少し焦り気味な仲冬の宵月夜。

外見りゃ月も出てねかったな。




反芻せよ。

自分の成長を測るものさしに

他人は関係ねぇ。



昨日の自分と比べて

今日24時間生きた自分が

何を積み重ねてきたか

この一点のみ。








何のために産まれ

何のために生きるのか。







短い足、狭い歩幅

ちかっぱ広げて踏み出せ、俺。








そのためにも

お湯割り、おかわりだぜ。

| 再度奏でる | 22:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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