日々を奏でて三千里。

唄うたいしんいちのブログ。 気になるコトや頭にきたコト 喜びや悲しみやお茶漬けや秋ウコンまで。 音楽人としていかにあるべきかを 適当に綴った渾身の日記です。

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台風と酔っ払いとクロスロード。

ちょっと昔。

雨は行動範囲を狭めるものではなかった。


大人になるにつれ

濡らしてはいけない物と

濡れてはいけない理由で

身辺が凝り固まっている自分に気付く。





僕は昔より不自由になった?

んなこと考えてしまった。





広い道路があったとしても

狭い軒下を歩かざるを得なくなり

「傘」という重荷を持つ事を条件に

ほんの少し、行動範囲を広げられる。







でも

昔に比べ、自由の意味もわかるようになってきた。





目を開いて空を見上げることができず

衣服に重みを感じ、何かを犠牲にしつつ

道の端から端まで好きな場所を歩くこと。


地平線の見える大草原を走り回るよりも

雨粒を一身に受けながら歩くことにカタルシスを感じる理由は

僕が大人になったからに他ならん。






学生の頃に感じた「不自由さ」。

今考えればそれはあまりにも稚拙で

まさに子供らしく純粋無垢なストレスやったけど

年を重ねても尚

似たような思考ロジックに陥っている

ふと自分に気付くこともあったりして。





台風の日の朝

強風と共に叩きつけるような雨が降る中

一人の男性が傘もささず

恐ろしく清々しい顔で歩きよった。



最近酔っ払った時に、誰かのカラオケで聞いた

「自由っていったいなんだい?」という歌詞が

頭の中から離れなかった理由が

彼を見てやっとわかった気がした。








僕の両手に自由は溢れていて

その中から、自ら選んでここにいる。

その再確認がしたかったんやな。





どこへでも行けるし

なんだってできる。





自ら全ての責任を背負える大人は

本当にどうしようもできない、極わずかな理由を除き

みんな本当の自由を手に入れちょる。






毎日毎日

全ての瞬間に立ち続ける多種多様なクロスロード。


誰かに、あるいは何かに決められたような気になって

がんじがらめの着飾って、愚痴っぽくなった時は

および腰になってる自分の頭を

照れ笑いで撫でてあげたれ。


大体はそれでまぁ。

いいんだと思うんよ。

| 日々を奏でる | 21:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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